2013/06/09

カークーンの生みの親



亡くなった小林秀雄さんの話の中で印象深かった言葉がある。



“「信ずる」とは責任を取ること。信じる力を失うと責任を取らなくなる。”





インターネットで偶然カークーンを知った私はすぐにイギリスはマンチェスターに渡り、そこでカークーンの生みの親でありカークーン社の社長でもあるジョージ・ペイジ氏に会いました。


彼と実際に会って話した印象はとても聡明。さすが20年も経営をやってきた人です。一方でお世辞なんかはまず言わないし、愛想がいいタイプでは決してないけれど、嘘を言う人では無いと思った。同時にカークーンに対する情熱、スタッフに対する優しさも大きく、そして何より自動車に対する愛情を持っていた。



普段はぶすっとしている彼も、シリアスなビジネスの交渉の合間に


「で、君は何の車乗ってるの?」



と質問してきたり、自分の愛車自慢をしているそのときの彼の無邪気な笑顔を見て「この人は本当に車が好きなんだなぁ」と感じました。



そんな彼だから交渉においても下世話な商売の話は一切せずとにかく私の率直な気持ち、日本の自動車文化を守りたい、後世に残したいという思いをぶつけました。そして彼はそれを信じてくれた。



その後もメールで彼とさまざまな交渉や契約についてやりとりをしていますが、彼が強弁な態度でノーと言ったことは一度もありません。もちろん私も彼等に無理な要求にならないように注意を払ってお願いはしていますが、揉めたことも行き違った意見も今のところひとつもありません。逆に「コミットメントの内容は君が決めればいいよ」まで言ってくれて。


親と子も歳が離れて、まして販売の実績もない人間の言う事を素直に聞いてくれる彼の懐の深さには感服します。





信じるとは難しいことです。みんな裏切りの不安を抱えているから簡単に信じることができずに疑い、腹を探り合い、裏切りの可能性を残した交渉をする。そしてその過程を経てようやくその人が信に足る人物かがわかる。彼はその過程を大幅に短くして私を信じてくれた。



工場を訪れた夜、ジョージと彼の妻で会社の経理事務もやっているジョイス、ジョージの親父さんと4人でパブに行きました。


ジョージの生い立ち(元レーサー!)やカークーンの歴史やマンチェスターらしく幼少時のベッカムの話なんかを楽しく色々話しました。

そのとき私はなにげなく今年結婚生活41年目を迎えるジョイスに「ジョージが独立するって聞いて不安にならなかったの?」と尋ねたら彼女はこう言いました。



「不安に思うなんて一度もないわ。だってジョージは素晴らしい発明をしたんですもの」





信じることができるというのは幸せなことです。何かを誰かを信じる人のことを「おめでたい人」と言います。それは皮肉かもしれない。でも疑うことで裏切りという不幸は免れるかもしれないけれど、幸せそのものにはならない。だから信じることから始めないと世の中は善くならないと思うのです。




しかしそれはお人好しになるだけではいけない。特に仕事や実利の世界では力不足で人を落胆させてしまう部分が多いと思います。そして信じたもの、信じてくれた人に対して自分がしっかりと責任を持つこと。




私は知識も経験もまだまだ浅はかで足りないものばかり。ですがジョージのようにみんなから信頼され、そしてそれにちゃんと応えられる人間になるように頑張ります。